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バリ島の歴史2 |
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聖峰アグン山を背景に巨大な割れ門がそびえ立ち、その奥に格式の高さを表す11層の大門や、9層或いは11層のメルが見える。境内は一般客が入ることは出来ないので、左右の階段から回り込み、壁越しに中を見るようになる。 また、プナタラン・アグン寺院を核として、南西に創造神ブラフマを祀るキドゥリン・クレテッ寺院、北西に繁栄神ヴィシュヌを祀るバトゥ・マデッ寺院があるが、残念ながら、いずれも信者以外は入山出来ない。この3寺院でヒンドゥー教の三大神を祀っている。 大小30余りの寺院からなるブサキ寺院では、祭礼の数も半端ではない。ウク暦(1ヵ月を35日、210日を1年とする)に従って執り行われる各寺院のオダラン(創立記念祭)だけでも、西暦換算で年間約55回もある。10年に1度や、100年に1度の大祭の時には、各地からの参拝客で、身動きが取れないほどの賑わいを見せる。従って、観光客が華やかな祭りに出会う可能性も極めて高い。 尚、午後は、霧が出たり、曇りになる事が多いので、出来れば午前中に行くのがお勧めだ。 オダランとは寺院の創設を記念した祭礼のこと。それぞれの祭礼がウク暦に沿って210日ごとに行う。計算上では毎日どこかで行われていることになる。 正装した村人たちが集落を浄めてまわり、寺院に供物を捧げる。ちなみにこの供物は豪華であればあるほどいいとされているが、身の丈にあわない供物をするひとも多い。見栄を張りたいのだろうか。 境内周辺には屋台が並ぶ、闘鶏場や賭場も開かれている。深夜には伝統芸能が奉納される。 観光用とは緊迫感など一味もふた味も違うので、機会があれば観たいところだ。 ガルンガンは善ダルマが悪アドハルマに勝利したことを記念する祭日で、先祖の霊がこの世に戻ってくるとされている。ガルンガンの前の日はブタを殺して特別な料理をする日でプナンパハンと言います。この日はペンジョールという竹の棒に飾りをしたものを家の門に掲げる。この日、バリ人はとっておきの衣装を着て、寺院に先祖の霊を迎えるため詣でる。この日を含む数日間は、店などが休みになる。 ガルンガン翌日はマニス・ガルンガルという日で、みんな実家などに帰り、親戚家族と過ごす。 クニンガンはこの世にきた先祖の霊を送り出す日。ガルンガンの10日後に行われ、この日をもって先祖の霊に対する祭りは終る。 ニュピとはバリ島が静かになる日。沈黙する日。バリは二つの暦(ウク暦、サカ暦)にしたがって生活している。ニュピはサカ暦の新年。この時期、地獄の主神ヤマが悪霊の国を掃除するため、悪霊たちはバリに逃れてくるという。そのため島中を浄化しなければならない。 祭りは前々日から始まる、寺院の御神体などを海辺に運び清める儀式が行われる。行列が延々できる。 前日、村々には悪霊へのお供えが置かれる。夜にはオゴオゴといわれる山車が練り歩き、 人々は松明を焚き、楽器を鳴らして供物食べた悪霊に、もう危害を加えることなく立ち去れということ 当日、この日は悪霊が去るのをただ何もせずじっと待つ日。いかなる行動をしてはならない。家の外に出ることはもちろん、火を起こすこと、電気をつけることなどは許されない。バリにいるもの全てが対象になる。もちろん観光客も例外なく。レストランなどももちろん閉まっているので、安宿に泊まっている人は、保存食を買出しておく必要がある。 バリでの葬式は日本の悲しさあふれるものとは少し違う。人生最大のイベントだ。 いくつもの儀礼を経て、神の化身から人として魂を受け、一個人として認められ、成人として人間性を完成させるために獣性を払拭して結婚し、死して祖霊に昇格するまでの一連の儀式。 個人のために村人などが総出で行う。ガベンは人生のフィナーレにふさわしい最大のイベントだ。まず大きな特徴は、遺体を入れる棺だ。一般にヒンドゥー教の聖なる動物せある牛の形だ。なお裕福な家庭では、メルを模して飾りつけられた壮麗なやぐらを組み、それに棺をいれて家から火葬場まで行列をなして運ぶこともある。 火葬は午後から夕方にかけて行うことが多い。 火葬後、灰や骨はヤシの実の殻に入れられ、高僧に祈りを捧げてもらった後、海に流す。 これより魂は清浄になり、天に昇るとされている。 なお費用が大変かかるため一度、土葬してから費用が貯まるまで、数年かけてからまた、掘り起こしたりする。貧しい家では土葬のままにしておくこともある。 |
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